slop-nuki(日本語版 stop-slop)
服のシミ抜きと同じ。AIが残した slop(シミ)だけを抜き、生地(敬語や、場面に応じた丁寧さ)は傷つけない。
日本語の文章から、生成AIが量産しがちな slop(中身が薄い・機械的・水増しされた定型表現)を取り除く。テックライティングに限らず、メール、お詫び・クレーム対応、社内Slack、お知らせ、依頼文、提案書など、ビジネス文章全般に使う。
最重要原則:register(場面)を壊さない
英語版 stop-slop の「とにかく直接的に・簡潔に」をそのまま日本語に当てると、敬語やクッション言葉まで削ってしまい、無礼で不自然な文になる。日本語版が削るのは slop(過剰・空虚・機械的な部分)だけ。場面にふさわしい丁寧さ・敬語・配慮は 残す。
- 削るもの:中身のない水増し、空虚な強調・形容、機械的な定型・対比、二重敬語、「させていただく」濫用、クッションの連打、結論の先送り、装飾記号の乱用。
- 残すもの:宛名・名乗り、適切な挨拶(1回)、正しい敬語、依頼前のクッション(1つ)、誠実なお詫び、不確実性の正直な表明、相手への最低限の配慮。
- register に合わせる:社外フォーマルメール(丁寧め)と社内Slack(簡潔・カジュアル)は正解の方向が逆。直す前に、誰宛て・どの媒体かを確認する。場面が不明なら推測せず尋ねる。
簡潔にしすぎて、ぶっきらぼう・無礼・他人事になっていないか。これも別種の slop(逆方向の失敗)として点検する。
やりすぎない:簡潔化は slop 除去ではない
すべての文章が直す必要があるわけではない。まず 「本当に slop か」を見極める。元が自然に読めるなら、空虚な前置きだけを削る light touch にとどめるか、手を入れない。AIっぽさが気にならない程度の文を、無理に短くしない。
簡潔化と slop 除去は別物。 流れる地の文を、体言止めやコロン羅列の「自分用メモ」体に圧縮すると、読み手は「これは何の文章か」を覚えていないと読めなくなる。slop を削るのと、文章をメモに変えるのは違う。
読み手と用途で密度を変える:
- 自分用メモ・記録:短く・密でよい。文脈は書き手が分かっている。
- 公開・不特定多数向け(記事・要約・案内):流し読みでも趣旨が伝わる地の文を保つ。前後を覚えていなくても独立して読める「流れ」は slop ではなく、残すべき価値。
要約・公開文で削るのは、空虚な前置き・水増し・誇張だけ。説明の流れ(接続・主語・文脈の橋渡し)は残す(→ references/registers.md の「読み手と用途」、references/examples.md の例7)。
コア原則
1. 水増しを削る
空虚な前置き(「結論から申し上げますと」「本メールでは〜についてご連絡いたします」「まず前提として」)、空虚な強調(「非常に」「しっかりと」「まさに」)、空虚な形容(「重要な」「本質的な」「包括的な」)を削る。削っても意味が変わらないなら、その語は不要。
2. 具体を名指す
「さまざまな課題」→ 具体的な項目名。「最適なご提案」→ 数字や根拠。「善処します」→ 誰が・いつまでに・何を。空虚な動詞(「向き合う」「寄り添う」「掘り下げる」「言語化する」)も、実際に取る行動に置き換える。名指せないのは、中身が曖昧だという証拠。
3. 行為者を主語にする
「誤りが生じました」「確認が行われております」「事態が発生し」のような無主語・受け身をやめ、「弊社が/私が/担当チームが」何をしたかを書く。お詫び・報告では特に重要。主語を消すと責任が曖昧になり、かえって不誠実に響く。
4. 機械的な型を崩す
「〜ではなくBだ」「単なる〜ではない」「〜こそが本質だ」の対比、問いと答えの自作自演、独立段落の決め台詞、何でも3点に割る箇条書き癖をやめ、普通の一文で言う。型だけ整っていて中身が伴わないと、空回りして見える。
5. 敬語は正しく一段で
二重敬語(「お伺いさせていただく」「おっしゃられる」「ご覧になられる」)、「させていただく」の濫用、クッション言葉の連打を直す。ただし正しい敬語・必要なクッションは残す。敬語を一律に削るスキルではない(→ references/keigo.md)。
6. 結論を先に出す
背景・経緯を長々と積んでから最後に結論、という順序をやめ、結論・依頼・お願いを先頭に出す(結論 → 理由)。依頼は「誰が・いつまでに・何を」を必ず明示する。期限を示すべき依頼で「お手すきの際に」と期限をぼかすと、相手は動けない。ただし本当に急がない依頼では「お手すきの際に」は正当な配慮なので、無理に期限を付けない。
7. 不確実性は正直に
本文に根拠があるのに「〜かもしれません」「〜と思われます」で濁さない。逆に、本当に未確認なら「確認のうえ、本日中に回答します」と正直に書く。確定を濁すのも、未確認を断定するのも slop。境目は「本文に根拠があるか」。
8. 整形を整える
中黒(・)・ダッシュ(―)・三点リーダ(…)・感嘆符・太字の乱用をやめる。半角全角を統一する。「〜であり、〜のため、〜となっており」と延々続く一文は、一文一義に割る。
9. 漢語のレジスターを合わせる(別系統の症状)
1〜8と違い、語が空虚なのではなく、形が削られすぎている/抽象度が上がりすぎている。
- 短縮コア:自然な完全形があるのに末尾(性・度・化)を落とす。「優先が高い」→「優先度が高い」、「運用の属人を解消」→「属人化」。完全形に戻して自然なら、コア形は削りすぎ。
- 抽象漢語への持ち上げ:和語・カタカナで足りるのに広い漢語へ。「齟齬が生じておりました」→「食い違っていました」。
- 判定は「これ、スタンドアップや立ち話で声に出して言うか?」書き言葉でしか出ない漢語なら、上げすぎ/削りすぎのサイン。
- 一律に和語化しない。 整合性・論点整理・対応・実施などの定着用法は残す(→
references/kango.md)。
場面別の使い分け(register)
詳細は references/registers.md。要点だけ:
| 場面 | 方向 | 特に注意する slop |
|---|---|---|
| 社外フォーマルメール | 丁寧め・簡潔 | 水増しの枕、時候の挨拶、締めの連打、過剰敬語 |
| お詫び・クレーム対応 | 誠実・具体的 | 主語消しの受け身、空虚な決意、感情語の反復、防御的な突き放し |
| 社内Slack/チャット | 簡潔・カジュアル | メール定型の持ち込み、結論の先送り、曖昧な依頼、絵文字過剰 |
| お知らせ・依頼文・提案 | 明快 | 中身のない見出し、機械的な箇条書き、誇張・煽り |
お詫び・クレーム対応は最重要。謝罪を 事実 → 原因 → 対応 → 再発防止 に分け、それぞれ具体的に書く。「申し訳ございません。再発防止に努めます」だけで流さない。
※ 催促・リマインド、断り・辞退、日程調整、議事録・社内報告など、ほかの頻出場面も references/registers.md で扱う。
クイックチェック(書き上げたら点検する)
- 最初の一文で「何の話か/何をしてほしいか」が分かるか。前置きで助走していないか。
- 「重要」「本質的」「最適」「さまざま」など、中身を名指さない修飾を使っていないか。
- 「向き合う」「寄り添う」「善処する」「真摯に受け止める」など、行動の見えない動詞で締めていないか。
- 受け身・無主語で行為者を消していないか(特にお詫び・報告)。
- 「〜ではなくBだ」「〜こそ本質」「単なる〜ではない」の決め台詞を使っていないか。
- 二重敬語・「させていただく」の重ねがけ・クッションの連打はないか。逆に、敬語やクッションを削りすぎて無礼になっていないか。
- 依頼に「誰が・いつまでに・何を」が揃っているか。
- 根拠があるのに「かもしれません」で濁していないか。未確認を断定していないか。
- 同じことを言い換えて2回以上言っていないか。締めで本文を繰り返していないか。
- 中黒・ダッシュ・三点リーダ・感嘆符・太字・装飾記号を盛っていないか。半角全角は揃っているか。
- その場面(社外/社内、フォーマル/カジュアル)に温度が合っているか。
- そもそも元の文章は直すべき slop を含むか。自然に読める文を、ただ短く/メモ体に圧縮していないか。
- 公開・不特定多数向けの文で、流し読みでも趣旨が伝わる「流れ」を壊していないか(自分用メモなら密でよい)。
- 浮いた裸の漢語コア(「優先が高い」「属人を解消」)や、口語で言わない抽象漢語(齟齬・乖離・具備)はないか。ただし定着用法(整合性・対応・実施など)は残す。
スコアリング
5つの観点を各1〜10点で採点する。合計 35点未満は要改稿。
- 直接性:結論・用件が先頭にあるか。前置きで助走していないか。
- 具体性:抽象語でぼかさず、固有の事実・数字・行動を名指しているか。
- 誠実さ:行為者を明示し、不確実なことは正直に書いているか。根拠なく断定・誇張していないか。
- 場面適合(register):相手と媒体にふさわしい丁寧さか。過剰でも不足でもないか。
- 密度:削れる水増し・反復・空虚な定型がないか。
使い方(このスキルの適用方針)
- レビュー時:元の register を保ったまま、slop箇所を指摘し、before/after で直す。気になる点はスコアリングの5観点で示す(スコアの数値は、求められたとき、または35点未満の観点があるときに提示する)。媒体・宛先が不明なら、推測せず確認する。
- 作成時:このコア原則に沿って、最初から水増しのない文を書く。
- やってはいけないこと:敬語を一律に削る。社外のお詫びを社内チャット調にする。簡潔さを優先してぶっきらぼう・無礼にする。不確実なことを断定に変える。曖昧な断りで相手に期待を持たせる。
- 直しすぎたら戻す。目的は「機械っぽさを消して、自然で誠実な日本語にする」ことであって、ただ短くすることではない。
参考ファイル
references/phrases.md— 削るべき語句のカタログ(空虚な形容・動詞・強調・前置き・締め・対句・決意表明・安心の乱発)references/structures.md— 構造・論理・整形の slop(受け身・対比・反復・三点リスト・結論先出し・長文・煽り・中黒・ダッシュ・太字・半角全角)references/keigo.md— 敬語の slop(二重敬語・「させていただく」濫用・クッション連打・慇懃無礼・謙譲尊敬の取り違え)と、残すべき敬語の線引きreferences/kango.md— 漢語のレジスター(末尾を削った短縮コア・抽象漢語への持ち上げ)と、直してはいけない定着用法references/registers.md— 場面別ガイド(社外メール/お詫び・クレーム/催促/断り/日程調整/社内Slack/議事録・報告/お知らせ・依頼)references/examples.md— before/after の総合例(メッセージ単位)
クレジット
- 原案:stop-slop(Hardik Pandya, MIT License)の構成と思想を日本語・汎用ビジネス文章向けに翻案。
- 日本語の文章規範:k16shikano / japanese-tech-writing を参考。