論文査読スキル(Claude 用)
音声言語情報処理系の国際会議論文・ジャーナル論文(Interspeech、ICASSP、IEEE/ACM Trans.、Speech Communication 等)を査読する際に用いる汎用ルール。paper_writing スキル(執筆側)と対になるスキルであり、執筆スキルに蓄積された品質基準(ハルシネーション検出・数値トレーサビリティ・語彙文体基準)を「チェックする側」の視点で適用する。
2つの利用モード:
| モード | 対象 | 外部AIの利用 |
|---|---|---|
| A. 査読委員モード | 他者の投稿論文を査読委員として査読 | §1 の確認フローを通過した場合のみ |
| B. 自己査読モード | 自分が執筆中の原稿をセルフレビュー | 制限なし(自分の原稿のため) |
1. 査読前ヒアリング【必須・スキル起動時に必ず実施】
査読作業を開始する前に、AI側からスキル実行者へ以下を必ず確認する。
1.1 査読種別の確認
「これはご自身の執筆中原稿の自己査読ですか? それとも査読委員として他者の論文を査読しますか?」
1.2 投稿先とAI利用可否の確認【査読委員モードのみ】
他者論文の査読では、原稿は機密文書であり、査読者は内容を第三者に開示しない義務を負う。外部AIサービスへの送信はこの義務に抵触しうるため、以下のフローで確認する:
- どの学会・ジャーナル・国際会議の査読かを質問する
- 査読者向け注意書き(Reviewer Guidelines 等)のURLを提示してもらい、内容を確認する
- 判断:
- 外部AIへの送信が明示的に許容されている → 複数の外部AIを併用したマルチAI査読が可能
- AIによる査読・原稿アップロードが禁止されている → その旨を実行者に説明し、(i) 原稿全文を外部に送らない査読方法(ローカル処理のみ)、(ii) AI査読の中止、を提案する
- 案内が存在しない・言及がない → 「明示的な禁止がない」ことは「許可」を意味しない。査読の機密保持義務の一般原則と、出版元(IEEE等)のAI利用ガイダンスを説明したうえで、実行者に選択させる:
- ローカルAI(Claude Code のサブエージェント等)のみで実施【推奨】
- 外部AIにも全文を渡す(判断と責任は査読者)
- 外部AIには匿名化・抜粋のみを渡す
1.3 評価項目・文量・トーンの確認
学会・雑誌ごとに査読の方式・文量・トーンは全く異なる。査読を行う前に必ず確認する:
- 査読フォームの評価項目:フォームのコピー(テキストで可)を提供してもらう
- 目標文量:コメントの文数・語数の目安。「過去に受け取った・書いた査読の例」があればプロジェクトフォルダ(
.references/等)に入れてもらうことを提案し、内容ではなく文量・文数・トーンのみをそこから学ぶ - 過去例がない場合の参考値:国際会議の査読コメントは端的なことが多い(数文〜10文程度、問題点の指摘中心)。ジャーナルはより長く構造化される(Major/Minor 分けで数十項目もありうる)
2. 機密保持ルール【最重要・査読委員モード】
- 査読対象原稿の本文・タイトル・著者名・内容を外部サービスに送信・入力しない(Web検索クエリも含む)
- Web検索・WebFetch を使ってよいのは参考文献の書誌情報(タイトル・著者名・会議名)の検索のみ(公開情報のため)
- 査読対象PDF・査読結果・査読メモは Git管理(コミット)しない(
.gitignoreに追加) - サブエージェントを起動する場合、各エージェントのプロンプトにこの機密ルールを明示的に書く(親の指示は自動では伝わらない)
- 査読報告書をHTML等で作成する場合も、ローカルファイルとして生成する(公開ホスティングへのデプロイ禁止)
3. 3観点並行査読ワークフロー
原稿1本につき、独立した3観点のチェックを並行実行し、最後にマージする。サブエージェントが使える環境では観点ごとに並行させると速い(複数論文 × 3観点の同時実行も可)。
3.0 前処理
pdftotextで原稿PDFからテキストを抽出(一時作業領域に置く)- 図表の確認が必要な場合は元PDFを直接読む
3.1 観点①:技術内容査読
- 論文サマリ:目的・提案手法(仕組みを具体的に)・実験設定(データ・ベースライン・指標)・主要結果(数値)・著者の主張する貢献を、査読者が原稿を読まなくても分かるレベルで整理
- 新規性の評価:先行研究(特に著者自身が引用しているもの)との差分は本質的か。引用しながら比較していない同一問題設定の文献はないか
- 実験設計:ベースラインの妥当性・公平性(チューニング不足の疑い、事前学習条件の不一致等)、テストセットの有無、単一ラン・統計検定の有無、データ分割の標準性(独自分割で外部比較不能になっていないか)
- 数値の整合性(必ず検算する):
- Abstract・本文・表・結論で同じ数値が一致するか
- 表の平均・合計・差分を実際に計算し、本文の記載(「N pt 改善」等)と一致するか
- 表の数値が引用文献の公表値と不自然に一致しないか(別指標のラベルで他論文の数値が転載されているケースが実在する。ベースライン値は原典の表と突き合わせる)
- 主張と証拠のギャップ:Abstract の主張が結果の一部と矛盾していないか(過大主張)。中心主張に直接の検証実験があるか
- 指標の定義:主要指標(latency、WER の算出条件等)が論文中で定義されているか。値のオーダーが常識と乖離していないか(乖離はトップライン欠如や指標取り違えのシグナル)
3.2 観点②:参考文献検証(ハルシネーション検出)
paper_writing §3.1 の検証手法を「査読する側」として全文献に適用する:
- REFERENCES 節から全文献を抽出
- 各文献の実在確認:arXiv・IEEE Xplore・ACL Anthology・ISCA Archive・Semantic Scholar・DBLP 等で検索し、タイトル・著者・年・掲載先を照合
- DOI の解決先を必ず確認する(DOI が無関係の論文を指すのは捏造引用の典型的シグナル)
- オープンアクセスのPDFはダウンロードし、本文中の具体的主張を伴う引用(「[X] は Y を示した」等)と実内容を照合
- 捏造判定は慎重に:単一DBで見つからない=即捏造ではない。複数DBで試し、それでも (a) タイトルがどこにも存在しない、(b) DOIが無関係論文を指す、(c) 著者・会議・年の組み合わせが実在論文と一致しない、が揃ったときに「捏造疑い」とフラグを立てる
- 典型的な検出パターン:
- 混成型捏造:実在論文のタイトル・著者・会議・DOIを混ぜ合わせた引用(LLMハルシネーションの典型)
- 引用文脈の不一致:実在するが引用箇所の主張と無関係な論文(経験上、高頻度で発生する)
- 書誌誤り:年・ページ・著者名スペル・会議名の誤り、同一文献の重複収録
- 出力:検証サマリ(総数・OK・書誌誤り・齟齬・捏造疑いの件数)+全文献の検証表+問題文献の詳細
3.3 観点③:語彙・表現・AI執筆痕跡
paper_writing の speech_style_data.md(分野コーパス実測データ)を基準に検査する:
- BAN語・BANフレーズの出現(grep で計数・引用)
- LIMIT語の頻度超過、em-dash の使用回数(人間の相場は約0.4回/論文)
- 構造的AI臭:均質な段落長、(i)(ii)(iii)型三点列挙の多用、本文の箇条書き、修辞疑問文、同型パラレリズムの反復、人間マーカー表現(Note that / in order to 等)の完全欠如
- 編集事故の痕跡:一括置換による不自然な語(略語置換が単語内部に適用された合成語等)。これは執筆プロセスの粗さと、指標・用語が途中で変更された可能性の両方を示すシグナルなので、技術査読側と共有する
- 通常の言語品質:typo・文法・略語の初出フルスペル・表記ゆれ・図表参照の不整合・40語超の文の頻発
- 総合所見:AI執筆可能性を証拠ベースで評価する(BAN語ゼロ+人間的な脱字が多ければ人間執筆と整合、など)。この所見の扱いは §5.2 参照
3.4 マージと成果物
3観点のレポートを統合し、以下を作成する:
査読作業フォルダ/<原稿ID>/
├── 01_technical_review.md ← 観点①
├── 02_reference_check.md ← 観点②
├── 03_language_check.md ← 観点③
├── 04_final_review.md ← 最終査読案(フォーム評点+提出用コメント+根拠)
└── 05_report.html ← 査読者向け詳細報告書(下記)
- 04_final_review.md:査読フォームの全項目の評点案(根拠つき)、Comment for Authors(提出用・最終稿)、Comment to PC(該当時)、査読者が提出前に確認すべきポイント
- 05_report.html:査読者が原稿を読まなくても内容と判断根拠が分かる詳細報告書(自己完結HTML・外部リソース参照なし)。論文解説/技術評価/文献検証結果/文体所見/最終査読案(コメントの対訳つき)で構成
- 複数本を査読する場合は総括 index.html を追加
4. 査読コメント作成ルール
4.1 文量・トーン
- §1.3 で確認した評価項目・文量に厳密に合わせる。過去例があれば、その文数・語数の分布に収める(内容は真似ない)
- 端的に問題点を指摘する。長い総評・褒め言葉の羅列・全部盛りは避ける
- 取捨選択する:3観点のレポートから、判定を支える本質的指摘+修正必須の実務的指摘のみを採用。落とした指摘は「不採用理由」とともに 04 に記録しておく(修正版査読時に再利用できる)
4.2 査読コメント自体のAI臭を排除する【重要】
査読コメントも speech_style_data.md の基準でセルフチェックする:
- em-dash 禁止、BAN語(underscore, pivotal, nuanced, delve, seamless, showcase, leverage, intricate 等)禁止
- (i)(ii)(iii) 型の整いすぎた列挙を避ける
- 普通の査読者が書く平易で直接的な英語にする(例:
The comparison with X is missing./Some typos: ...) - 提出前に grep セルフチェック(
speech_style_data.md§6.5 のパターン)を実行する
4.3 評点は「提案」である
- 全評点・Overall Recommendation・Reviewer's Confidence は提案として提示し、最終決定は査読者本人が行うことを毎回明記する
- Confidence は査読者本人の専門性に依存するため、根拠(検証の深さ)とともに提案し、調整を促す
5. 研究公正上の問題を発見した場合
5.1 著者向けコメントでは「事実」を書く
捏造疑い引用・数値転載疑い等を発見しても、著者向けコメントではAI使用や不正を断定しない。検証可能な事実のみを書く:
- ❌
This reference appears to be AI-generated. - ✅
Reference [N] could not be verified: the cited title does not appear in the ISCA or IEEE databases, and the listed DOI resolves to an unrelated paper. Please provide correct bibliographic information.
5.2 Comment to PC(委員会向け欄)の使い方
- 捏造疑いの具体的な検証経緯(どのDBで確認し、DOIがどこへ解決したか)
- AI執筆痕跡の所見(証拠を列挙し、断定は避ける)
- 数値転載疑い(どの原典のどの表と一致したか)
- 会議のポリシー(引用正確性・AI執筆)との照合を委員会に委ねる旨
を、著者向けとは分けて率直に記載する。文体所見のみを不採録理由にしないことを推奨(採否は技術的内容で判断し、文体は補強証拠に留める)。
5.3 査読者本人による再確認
捏造疑いDOI等の重大指摘は、提出前に査読者本人がブラウザで再確認する手順を 04_final_review.md に明記する。
6. 自己査読モード(論文執筆時の発動)
paper_writing で執筆中の原稿に対し、本スキルの §3 をそのまま適用してセルフレビューを行う。実際の査読に近いチェックを投稿前に受けられる。
- タイミング:paper_writing Phase C の各章完成時(軽量版:観点①③のみ)、Phase D の投稿前(フル版:3観点+マージ)
- 自分の原稿なので外部AIの利用制限はない(§1.2 は不要、§1.3 は投稿先のフォーム・文量で設定)
- 観点②(参考文献検証)は
paper_writing§3.1 の検証フローと共通。執筆時に検証済みなら差分(新規追加文献)のみでよい - 自己査読で「捏造疑い」「数値不整合」が出た場合は、
paper_writing§8.4.Y / §8.8 の手順で修正する - 評点案(Accept〜Reject)も出させると、投稿先とのレベル感の判断材料になる
7. 運用メモ
- 3観点の並行実行は1本あたりの実時間を大きく短縮する。複数本の査読では「本×観点」の全組み合わせを同時に走らせてよい
- 参考文献検証は最も時間がかかる(1本あたり数十件のWeb照合)。先に起動しておく
- ダウンロードした文献PDFは一時領域ではなく**プロジェクト内の専用フォルダ(Git管理外)**に保全する
- 検算・文献照合で発見した事実は、査読レポートに「検証経緯(どのDB・どのURL・何と一致/不一致)」を必ず残す。査読者本人の再確認と、後日の照会対応のため